
SDV・マルチコア時代のブレーキ制御ECUに求められるタイミング検証とは
ADAS、自動運転、Brake-by-Wire(BBW)の普及により、ブレーキ制御ECUにはこれまで以上に厳しいリアルタイム性能が求められています。さらに、SDV(Software Defined Vehicle)化、ECU統合、マルチコア化、Ethernet化 が急速に進んだことで、従来の単一ECU中心の設計では捉えきれない複雑なタイミング問題が増加しています。
本コラムでは、ブレーキ制御ECU開発におけるタイミング課題と、INCHRON社の chronSUITE を活用した解決アプローチを解説します。
1. なぜブレーキ制御ECUでタイミング検証が重要なのか
ブレーキ制御は車両の安全性に直結するため、厳格なタイミング要求が課されます。
- ABS:ホイールロック検知 → アクチュエータ開放(10ms以内)
- BBW:ペダル変位検知 → 制動力更新(25〜50ms以内)
- 自動ブレーキ(AEB):障害物検知 → ブレーキ作動(300ms以内)
しかし、実際のECUでは、さまざまな要因から遅延やジッタが引き起こされます。
- マルチコア上でのタスク競合・プリエンプション
- コア間通信(IOC)による遅延
- キャッシュ整合性(cache coherence)問題
- spinlock による待ち時間増加
- CAN / Ethernet 通信遅延
- 高負荷時のCPU利用率上昇
- IRQ・割り込み嵐によるジッタ
これらは 特定条件でのみ発生する“散発的な問題” が多く、実機試験だけでは再現が困難です。

2. SDV化でブレーキ制御のタイミングはさらに複雑に
SDVアーキテクチャでは、従来の「単一ECU内で完結する制御」から、以下のような分散構成へ移行します。
- Zone ECU(Zone-uC):センサー・アクチュエータを担当
- 中央HPC:制御ロジックを集中処理
- Ethernet:高速通信でECU間を接続
これにより、ブレーキ制御のイベントチェーンは以下のように変化します。
センサー → Zone-uC → Ethernet → HPC → Ethernet → Zone-uC → アクチュエータ
これまで「5msタスク内で完結」していた処理が、 複数ECU・複数通信Hop・複数コアを跨ぐ巨大なイベントチェーン へと変化します。
この構造では、「どこで遅延が発生しているのか」、「どの区間がボトルネックなのか」を従来の手法で把握するのは容易ではありません。


3. 実機テストだけでは限界がある理由
ブレーキ制御ECUのタイミング問題には、
- 再現性が低い(まれにしか起きない)
- 複数ECU・複数コアが絡むため原因特定が難しい
- 通信・割り込み・スケジューリングが複雑に絡む
といった特徴があります。
そのため、実機試験だけでは、
- 最悪ケース(WCET)の把握
- E2E遅延の保証
- マルチコア上の競合状態の再現
- HPC/Zone-uC間通信のジッタ解析
を行うことが難しくなります。
ここで必要になるのが、 chronSUITEによるイベントチェーン解析とシミュレーション です。
4. chronSUITE が提供するブレーキ制御ECU向けタイミング検証
INCHRON chronSUITE は、ブレーキ制御ECUのような安全要求の高いシステムに最適な、リアルタイムシステムのタイミング解析に特化したツール群です。
4.1 chronSIM - 設計段階で問題を発見するシミュレーション -
chronSIMは、AUTOSAR ARXMLやタスク情報からタイミングモデルを構築し、実機がなくてもE2E遅延やCPU負荷を予測できる シミュレーション環境です。
chronSIMの機能
- マルチコア構成での Runnable 配置の影響評価
- スケジューリング・blocking・preemption を考慮した解析
- E2E latency constraint の検証
- コア割り当て変更時の影響比較
- イベントチェーン全体のボトルネック解析
- What-if解析(ACC追加時の負荷増加など)
SDV時代の複雑なアーキテクチャにおいて、 設計段階で問題を潰せることが最大のメリット です。
4.2 chronVIEW - 実機トレースによるタイミング可視化 -
chronVIEW は、TRACE32 や iSYSTEM などのトレースツールと連携し、 実機のタイミング挙動を詳細に可視化します。
chronVIEWの機能
- 複数コアの task timeline を同期表示
- IRQ / preemption / timing jitter の解析
- イベントチェーンのE2E遅延を自動計測
- 最悪・平均・最良実行時間の統計
- 低頻度で発生する異常の特定
特にブレーキ制御では、「まれにしか起きない遅延」が事故につながるため、chronVIEW の価値は非常に大きいです。
5. Brake-by-Wire時代に必須となるイベントチェーン解析
BBWでは、単一タスクの実行時間だけでは安全性を保証できません。
必要なのは、 センサー → 通信 → HPC → Zone-uC → アクチュエータ までの イベントチェーン全体の解析 です。
SDV環境では、ABS・ESC・ADASなど複数機能が同時にCPU・通信帯域を共有するため、E2E遅延の保証がシステム安全性の鍵 になります。
chronSUITE は、この複雑なチェーンを 自動で可視化・解析 できる数少ないツールです。

6. chronSUITEの有益性
chronSUITEを導入することで、下記のようなメリットが見込まれます。
- 設計初期でタイミング問題を早期発見
- 実機試験前にマルチコア構成を最適化
- 低頻度問題の再現性向上
- デバッグ工数の大幅削減
- ISO 26262 の Timing Constraints への対応
- 安全性向上と開発コスト削減
特に SDV・マルチコア・ECU統合 が進む今日、 chronSUITE はブレーキ制御ECU開発における必須ツールになりつつあります。
7. まとめ
ブレーキ制御ECUは、SDV化・マルチコア化・ECU統合によって、 これまでとは比較にならない複雑なタイミング問題に直面しています。
- 実機テストだけでは不十分
- タスク単体の検証では安全性を保証できない
- イベントチェーン全体のE2E遅延を把握する必要がある
設計段階から実機まで一貫したタイミング検証 が可能となるchronSUITEにより、 ブレーキ制御ECUの安全性と開発効率を大幅に向上できます。
このコラムの著者

株式会社ユビキタスAI
エンベデッド第3事業部 担当部長
植田 宏​(うえだ ひろし)
大学卒業後Tier1メーカーへ入社、ECUソフトウェア開発を行う。その後海外で組込みソフトウェア開発エンジニアの経験を経て、帰国。1998年より車載系ソフトウェアの技術営業に従事。自身の経験を活かし、課題解決に役立つ海外のソフトウェア商材を取扱い、国内のエンジニアへ届けている。
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